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ねこ哲の思考メモ

気づきや日常をメモしていく。後に思考を整理するために。

原始人にパソコンを与えたらどうなるか?

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原始人にパソコンを与えたらどうなるだろうか

 
今の最新スペックのノートパソコンを原始人に渡す。
 
まず、わけもわからず適当にぐちゃぐちゃ押したり、叩いたりしてぶっ壊すだろう。
 
壊してしまったら、もう1つパソコンを渡す。何回かやるうちに、電源ボタンに気づき、画面がつく。そしてこれに怯える。
 
しばらくすると、わけもわからないまま用いて、壊すかもしれないが、次第次第に使い方を少しずつ理解してくる。
 
まず、どうやったら壊れてしまうのか。というシンプルなところから、キーボードを押すと文字が入力されるということを理解しはじめるだろう。
 
次第にこのノートパソコンに飽きて何もいじらないやつもいれば、夢中にノートパソコンをいじるやつも出るだろう。
 
それでも、いじった所でまだまだ彼らは使いこなせない。少しずつ仕組みを理解していくことはできるだろうが、完全にそのパソコンの仕組みを理解するには数十年以上かかるだろう。膨大な時間と試行錯誤が必要だ。
 

なぜなら、彼らはパソコンを創っていないから。

 
そう。彼らはパソコンを創り出していない。しかも、周りにパソコンについて知る者は皆無である。だから、どの部品がどのような役割になっているか、どのソフトがどのような役割になっているかということを到底理解することができない。
 
壊して、分解して、エラーが出て、壊して、我武者羅にやって直して、という試行錯誤をひたすら続けて、少しずつ少しずつ、部品やソフトの役割を知るだろう。
 
そして、少しずつ理解して理解して、使いこなせるようになっていく。
 
ここまで読むと、僕の言わんとすることがバレバレだと思う。
 

そう、この原始人にパソコンの例は、人間が気がついたら人間でしたっていうことの例えなんだ。

 

僕ら人間は、人間を創ったわけじゃない。気がついたら人間だった。

 
それで、自動である程度生命活動を確保できるような本能なるものはあらかじめ植えつけられている。
 
それにより、人間は生活し、人間は人間を産み出すことができているが、人間が人間を設計して創りだしたわけじゃない。人間の誰もが、人間の創り方を知らない。
 
ここは、誰かが人間や動物を設計したんだろう。多分、その存在は、宇宙の全ての法則から何やら設計したんじゃないかと思う。
 
設計しないと、こんな複雑でありながら、バランスがとれているもの創れないもの。
 
宇宙も。生命体も。
 
ここで誰が設計したのかってのは、色んな宗教で扱われているので、その話はここでは置いておこう。
 
要は、僕ら人間が人間を創ったわけじゃないから、人間に関して知らないことだらけわからないことだってことだ。
 
そして、理解が深まれば深まるほど、人間として、どうすれば自分自身が向上するのか、壊れるのか、変わるのかがわかってくる。
 
例えば、パソコンを設計した技術者であれば、どこをどういじるとどうなるかがわかる。PC本体の部品やソフトの動作が不調である時は、どう処理すれば改善するのかがわかる。
 
これは、人間の例で考えると肉体関係は医学であり、心の関係は心理学や哲学になるだろう。
 
どうなったら、どうなる。どうなったら、どうなる。このような試行錯誤を人類は常に繰り返している。
 
病気が発症したら、治療をする。戦争が起きたら、もう戦争は起きないように制度を整える。喧嘩をして、仲直りする。いたずらして、怒られる。ネガティブに考えると、人生がうまくいかなくなる。人にしつこくすると嫌われる。
 
いろんな困難を乗り越えて、いろんな過ちを犯して、試行錯誤を通して、人は、人間を、人生を理解していく。
 
原始人にパソコンを与えると、試行錯誤になるように・・・。 わからないから、ミスすることもあるだろう。自分や人間関係を壊してしまうこともあるだろう。 
 
ミスしても、壊してもそこから学ぶことだ。そのミスを通して、その裏側にある原因、仕組みを理解していくことだ。
 
あー。俺が全然人間、人生について理解してないのは、俺が人間創ったわけじゃないからだーって捉えられると気が楽になりますよ!そうなると、謙虚の心が芽生えていく。