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ねこ哲の思考メモ

気づきや日常をメモしていく。後に思考を整理するために。

批判や疑いの裏側にはわからないという気持ちが隠れている

批判や疑いの裏にはわからないという気持ちが隠れている

僕らは、他人に対して、情報に対して反射的に疑ったり、批判してしまう傾向がある。

以前、(疑い深い人ができるまで)にて、疑うことと、わからないという感情に関して少し触れたが、今回は批判する心も含めて考えていきたい。

人は、不思議なことに、ネガティブに生きなさいとか、人を批判して生きなさい、と教えられていないのに、否定的に、批判的に生きてしまう傾向がある。

この理由として、無知であるがゆえに、わからないという感情があるがゆえに否定や批判が生まれるのではないかと考えられるのである。


スポーツの観戦をイメージしていただきたい。

例えば、野球を観戦していて、プロの選手のミスに対して批判をする場合を考える。
ここで、批判が目立つのは、野球をよく知らない人間だろう。

あとは、野球好きのおっさんとか。


どちらも、プレーする人の目線に立つイメージができない人だ。プレーする人の感覚がわからない。

なぜ、どのようにミスが生まれるのか、その過程や理由がわかるとき、批判的な心は消えていく。

人が他人に対して文句を言う時、実際に自分がやったことがないことに対して文句を言う場合が多い。

否定や批判の心を無くすには、相手の立場に立ってイメージすること。これにより、自分がそれまでわからなかったことに、気づくことができるようになる。

我々は物事の過程を知っていれば、批判や否定をする心はおさまる。対して、物事の過程を知らず、結果を突きつけられると、批判や否定の心が湧いてくる。過程を知らないから。

今の現代はどうだろうか。結果ばかり求められるような社会ではないだろうか。否定や批判があふれてやしないだろうか。過程は大事にされているだろうか。